2022 12.13

#21

「布団から、持続可能な社会を実現する」〜 『SINSO』クリーニング工場OPENの想い

2022年9月、富士山の麓に、寝装具ブランド『SINSO』のクリーニング工場兼オフィスが完成しました。元は精密機械の製造工場だった跡地を、クリーニング工場に改修。
KA&Aでは、内装デザインを担当しました。

『SINSO』は、「寝装具の価値を再構築する」ことをコンセプトに立ち上げられた、布団をはじめとした寝装具の販売・リース・サブスクリプションを行い、クリーニング・メンテナンスサービスを提供するブランドです。
担当したのは、KA&A 建築チームチーフの田兼雄介。実は『SINSO』のオーナーであるヨネバヤシリース株式会社代表の米林琢磨さんと田兼は大学の同級生だという二人。
今回はクリーニング工場完成にあたりお二人にインタビューし、米林さんから新たにブランドを立ち上げた想いを伺いました。

  • KA&Aでの設計の打ち合わせ

  • ヨネバヤシリース株式会社の代表 米林琢磨さん

――なぜ、新しい寝装具のブランドを立ち上げようと思われたのでしょうか?

米林「私の家は、富士山の麓で祖父母の代から布団屋として布団を販売していました。
布団は、かつて「婚礼の布団」と言われ、結婚式の時に新調したもの。
寝具は100年もつもので、日々の暮らしを支える道具として大切に扱われ、「打ち直し」をしながら、家族代々受け継がれてきました。
打ち直しの技術は江戸時代からある技法で、昭和30年くらいまではほとんどの家庭で、打ち直しの習慣があったと言います。

布団の綿を「打つ」とふっくらして新調した布団のようになり、機械のない時代には、手作業で行われていました。

富士五湖の周辺は昔から羽毛布団の産地でした。それは、羽毛布団は洗浄するためにたくさんの水を使うから。
また、山梨県は古くから『甲斐絹』が作られ、織物の産地でもありました」

米林「幼い頃、祖父母が家で打ち直しをしているのを見るのは日常の光景でした。

それが、時代が変わるうちに、大量生産で、布団は安く買えるものになってしまい、昔からあるような布団屋では布団は売れなくなりました。ものが溢れる時代になって、安く売られるようになると、使い捨てられることが当たり前になり、大切なものの価値が失われていくようになったんです。

父親が家業を受け継いだのですが、父親は布団の販売はもうダメだと気が付き、販売をやめ、寝具やリネンのリース業を始めました。

その後、父が体調を壊して私が家業を継いだ時には、リースの会社もほぼ倒れかけた状態でした。

この先どうしようと思った時に、現代社会の中で寝具の扱われ方が昔と今で大きく変わったことを感じて、そこを見直していかなければと思いました。
それで今回新たに『SINSO』というブランドを立ち上げ、長く使い続けられるような価値のある寝具を提供すること、そしてその先長く使えるようなメンテナンスサービスを提供する事業を始めました」

――昔は、そうやって大切に使い続けられてきたのですね。今は、安く手に入りますし、布団だけでなく、なんでも汚れたら買い替えたら良いと思ってしまいますもんね。

米林「今は、東京都の粗大ゴミで一番多いのは実は布団です。
でも、昔は布団はSDGsだったし、サステナブルなものだった。
価値のあるものを使い続けることが結果、持続可能性につながってきました」

――それで、新しく布団を価値のあるものとして使い続けられるようなブランドを立ち上げたのですね。

米林さん「そうです。『価値あるものを、再構築する』布団を通して世の中にもう一度そういう価値を取り戻せないかと思った。
長く使い続けられる寝装具のプロダクト販売と、クリーニングのサービスを提供する事業として、新たに『SINSO』を立ち上げました。
SINSOのタグラインは、Hello,again. 
これまで日本人が持っていた精神をもう一度取り戻そうという想いを込めました」

――『SINSO』にはどんな特徴があるのでしょうか?

米林「まずは、羽毛布団の羽毛の量を調節することができます。
市販のものは羽毛量が統一されていて、使う人が調整することはなかなかできない。
でも、日本は土地によって気候風土が違い、温度や湿度もそれぞれです。
地域に合ったベストな羽毛量を提供することで、快適に長く使い続けてもらえるようにと考えました。
大量生産や大量消費から距離を置き、リースやサブスクリプションの仕組みを整えて、
心地よく使い続けられるサービスを作ることができたら、それは持続可能な社会の実現にもつながる」

  • 米林さんの運営するホステル Kagelow Mt.Fuji Hostel kawaguchiko での設計・施工チームの打ち合わせ風景

米林「そして、『SINSO』の寝具には、「洗いざらし」のこだわりがあります。
私は、今、河口湖周辺に、2軒の宿泊施設を運営しています。
約10年前、廃業した民宿をホステルにし、2軒目はスタジオだった場所をホテルと結婚式場として運営しています。それも、余計なものをそぎ落とし、価値あるものを再構築するという思いで、建物を改修して使うことにしました」

  • Kagelow Mt.Fuji Hostel kawaguchiko

  • 米林さんの運営するホステル Kagelow Mt.Fuji Hostel kawaguchiko

  • ホテル&ウェディング施設 yl&Co. Hotel

米林「そして、そこで使っている寝具は、全て「洗いざらし」が特徴です。
アイロンがけや糊付けをしない、文字通りの「洗いざらし」で寝具を提供する。
洗いざらしにすることはかなり実験的な試みでした。
通常、都内にあるようなホテルで、高い宿泊費を払って泊まるようなところだと、洗いざらしは受け入れてもらえない。クレームになりますよね。
でも、河口湖のように自然豊かなオーガニックな環境では洗いざらしは親和性が高いと思いました。
自然の中ではシワシワのシーツも柔らかくて心地よく感じる。
他の宿泊施設のオーナーの方も、うちに泊まった時に気に入っていただき、それから寝具を使っていただくということも増えました」

  • Kagelow Mt.Fuji Hostel kawaguchiko 古材や古い柱を生かしながら、建物の新旧が混ざり合う空間。

  • SINSO を導入するSANU 2nd HOME。

  • SANUの運営するキャビンに、それぞれの気候に合わせ地域ごとに羽毛の量を変えて提供する。

米林「通常、ホテルではパリッとしたシーツやカバーの質感が求められ、一般的には糊付けされている。
糊付けには天然と化学由来の両方のアプローチがあると思いますが、化学由来が多い。
成分によっては地球環境に悪影響を及ぼしますし、肌にダメージを与えることもあります。
SINSOのプロダクトは、地球と体への配慮から、洗いざらしにこだわっています。
また、洗浄方法は極力地球環境に負荷をかけないように、アルカリ洗剤は使わず、中性洗剤を使っています」

――SINSOは寝具だけでなく、洗い方にもこだわりがあるんですね。

米林「昔から、クリーニング工場における環境汚染は問題になることも多かったんです。
通常、工場で使われるようなアルカリ性の洗剤は濾過して流さなければいけないのに、そのまま流してしまって、その地域の井戸水が飲めなくなったということもあったようです。
うちは、中性洗剤をつかうので家庭用の洗剤と同じように環境負荷がかからないものなのですが、今回、工場を新しくつくったことで、オゾンの生成装置を導入しました。
オゾン水は、水に酸素が混ぜられたものなので、そのまま置いておくと、酸素が抜けて水になるくらい環境に負荷がかかりません。
オゾン水を使うことで、洗剤の使用量を減らし、低温でも、黄ばみ、ニオイ、菌、ウィルスに対して十分な洗浄力がある。低温なので、温度を温める余計な電力もつかいません。
今の時代に合ったアプローチで、環境負荷がかからないように取り組むことも含め、寝装具のあるべき形を提案していきたいと思います」

――田兼さんは、オーナーの想いを受けて、どのようなコンセプトで空間をつくったのでしょうか?

田兼「『SINSO』のブランドの背景を聞いて、寝具にそんなストーリーがあったこと、そして東京都の粗大ゴミの一位が布団であることに衝撃を受けましたね。
ものの価値を取り戻すことで、結果的に持続可能な社会に近づけることができるという米林さんの思いにはとても共感し、それを空間でも実現したいと感じました。

まず、現場を見た時に、築40年の工場の跡が残っていて、非常にかっこいいなと感じました。この空間をできるだけそのままの雰囲気を残して使いたい。
新築で建て直すと、解体して、廃棄物を出すことになる。でも、改修することで空間の価値を取り戻して、今ある素材を長く使い続けていくことができます」

  • 改修前の建物外観

  • 解体前

  • 解体前

  • 解体後、天井を剥がすと、木軸や鉄が現れた

田兼「また、商業空間をデザインする際には、デザインした店舗がそのブランドの力を増幅する装置になって欲しいと考えています。
SINSOでは、「洗いざらし」という特徴からヒントを得て、「素」というコンセプトを見つけました。

「素」とは、そのままの素材の持ち味を活かして、必要なものを適切に配置することに終始し、余計な仕上げを加えない。その結果、素材そのものの美しさを見せることにもつながりました」

田兼「例えば、今回、打ち合わせスペースの壁部分には必要な断熱材を吹き付け、ホコリ対策としてポリカーボネートを貼っただけで、断熱材の素材も見せるようにした。
そうすると、僕もこれまで気づかなかったような、素材の持ち味があるということにも気が付きました」

  • 断熱材を吹きつけ、その上にはポリカーボネートを貼った壁。照明をあて、素材感を引き立てる。

  • エントランスから事務所スペースとソファ。

  • オリジナルで製作したソファ。組み替え可能で、Wベッド程度の大きさになり、SINSOの寝具の体験ができる。

田兼「また、既存の鉄骨フレームや木軸も既存をそのまま利用するなど、最小減の工事を心掛けました。柱に文字が書いてあるのも、この建物の歴史をそのまま残すことができて良いなと思いました」

  • 改修前

  • 改修後 木軸をそのまま隠さないデザインとして「素」を見せる。

田兼「僕たち設計者は、特に商業では、店舗を設計して、店が入れ替わるのと同時に、材料が廃棄物になってしまうと現実があり、そういったことにきちんと向き合わなければいけない。
設計者として空間をデザインするだけでなく、この建物を使い終わったあとのこと、空間のその先も見越してデザインをすることが今の時代には重要なこと。
今回のように、余計な仕上げをしないことで、いずれこの建物を立て壊しするときには、材料をリサイクルすることができます。

SINSOのプロジェクトではブランドの思いがサステナブルなところにあり、このように素材そのものを生かして空間を再構築することで、環境にも配慮しながら、「価値を再構築する」というオーナーの想いを空間に取り入れられたかと思っています」

  • KA&A田兼雄介と ヨネバヤシリース代表の米林琢磨さん。大学時代の同級生の二人。

米林
「工場は昔から、キツイ・キタナイ・キケンの3Kと言われてきました。
そういう概念も壊したかった。
かっこいいクリーニング工場を作りたい。田兼さんには「cool & stylish 働きたくなる工場 」という要望をしましたね。笑
クリーニング工場は昔から劣悪な環境が多くて、アイロンがけは暑くて、冬の洗濯の水は冷たい。
働く人の環境も整えなければ、本当の意味で持続可能とは言えない。そして、そこで働くことに誇りを持てるような場所にしたいと思いました。

自分は昔、『布団屋』はダサいと思って、絶対家業を継ぎたくないと思ってたんです。
でも、見方ややり方さえ変えれば、布団はもともと価値のあるものだし、かっこいいものを作れる。
そうやって、自分のできるところから新しく何かを生み出して、一緒に共感できる人たちと、価値を生み出していきたいですね」

sinso office & factory
住所:山梨県南都留郡富士河口湖町小立2198-2
延床面積:クリーニング工場 約200㎡、オフィススペース 約50㎡
建築設計:窪田建築都市研究所

Instagram:https://www.instagram.com/_sinso__/
Website:https://sin-so.com